フランスのテロ。命をなくされた警察官や人質など17人の方、そして3人のテロリスト。本当に残念に思います。 20人の命と引き換えに「ムハンマド」を風刺する必要がシャルリー社にあるのか。いずれ、また起こるでしょう。ペンは剣より強しのため、多くの一般の人を巻き込んで危険にさらす権利があるのか。現代の十字軍。それぞれが、オレは正しいと云うのです。プライドしか頼るもののない人たちをワザワザ刺激して追い込む表現の自由をオトナのエスプリというのか、日本人の僕にはわかりません。

アラブ人のテロ事件をみると、70年前の特攻隊を思い出します。命を引き換えに相手を倒す。回天や桜花、ゼロ戦片道燃料で敵艦に突っ込むあの戦法。そこまで追い込まれる哀れを感じます。 天皇陛下万歳と敵艦に突っ込む。地雷を抱え戦車にもぐ込む。 雨あられの弾丸の中をバンザイ突撃する。それしか方法はないのでしょうか。

今日のお話のポイントはそこではないです。 一つの例えですが、医学の手法と気功などの代替療法の違いは。立てこもったテロリストの作戦に似ているように思います。

西洋的発想ならこういうことです。「ネズミにチーズを与えれば、パンもよこせと言う」 つまりテロリストの要求を一度で聞いてしまえば、また同じことが起こる。だから運悪く人質になれば制圧時に犠牲になっても仕方がない。

西洋的論理方法からテロ制圧を導き出せば、突入による武力制圧と言う事になります。 これが、きっと日本の警察なら立てこもりの周りを取り囲み、まず相手の要求を聞きます。この一見手ぬるい方法は人質の生命を最優先に考えるからです。その結果もしテロリストに逃げられても人質が守られれば成功なのです。

気功治療をしていると、医学は西洋的制圧、代替療法は日本的手法と感じてしまいます。悠長です。手ぬるいです。すぐに実効的効果が出てきません。本当にこれでよいかと迷います。しかし無理が無い。強引さが無い分後の禍根は少ないかも知れません。

うらみが新たな恨みを生み、果てしないあだ討ち合戦。寛解したガンが再発すれば、更に強力となって登場します。尤物論的な剛直な手法。本当にその手しかなかったんでしょうか。

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